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日本壊滅シナリオ 第1章 ゆとり教育

卒論もすべて終わりあとは卒業を待つのみです♪

てなわけで再開です!!

ゆとり教育が批判を受けてはじめてから結構な時間がたちますね。
確かに流れとしては廃止って方向に進んでるみたいです。

        まあ当たり前です

こんなくだらない教育システムが続いてたら終わりですよ。
この先にどんどん書いていきますが、どうして政治家ってのは現在の日本の環境を考慮してシミュレートできないんですかね?
ってか決める方針が安直なんですよ。

いじめが増えたから?教育は勉強がすべてじゃない?

だからってじゃあみんな平等になあなあにやっていきましょうって・・・・。
安直なんですよ・・・・考えが・・・。
そもそもゆとりが無いって誰が言ったの?
小中学生たちが本気で訴えましたか?
てかゆとりは増えたの?(現状を見る限り減ってるべ・・・)

         ほんと馬鹿・・・・。

って批判ばっか言っていてもしょうがないですね・・。
僕の考えだとこのゆとり教育は所詮「劣等感排除教育」ですね。
って育んでないからもはや教育じゃないかも・・・。
第0章に劣等感について取り上げたのはこのことを言いたかったからです。

馬鹿に馬鹿だと気づかせない。
運動できない奴に運動できないと気づかせない。


確かに言葉にするとだいぶ汚く感じる。
むしろこっちが悪みたいだね・・・。

けどさっ!!
はじめにも言ったけど劣等感を感じない人間が変わりたいと思いますか?
別のことで目立ちたいと思いますか?


いいじゃん。
勉強できなかったら部活で勉強できるやつを見下せば。
部活でレギュラー取れなかったら勉強で見下せば。
どっちも駄目だったら考えて考えて自分が楽しいことを見つければ。
自分が目立てることを見つければ。

けど今の教育ではその機会が奪われているんですよ。

中三の弟と、家庭教師の生徒の妹の話を聞いてみるとどうしようもないです。

ゆとり教育で学校での勉強時間が減った。
けど高校入試のシステムは大きくは変わらない。
だから塾に行く奴が出てくる。
他の親からすれば別の子が塾に行くからうちもってことになる。
学校が終わる。けど塾がある。
部活が出来ない。
自然と部活をやる人数が減ってくる。
部活をやるってことが意味をなくしてくる。
(部活やってなかったら上下関係のシステムわからなくない?)
誰かと自分を比べる機会がなくなる。
テストの点で成績が決まるわけではないからテストの点で誰かに勝つということの意味が無くなる。
(授業中の態度で成績が決まってたら、別にちょっと成績悪くてもあの人より自分が劣ってるんだって思わないですよね普通)

こんなんやってたら人間的に幼いやつらばっかりになりますよ。
何かに苦しんで、何かを見つけようとする必要がない。
周りがみんなそうだから。
別に勉強も平均点を取れれば問題ない。
授業で先生に好かれる態度でいればいい。


ほんとに日本は馬鹿ばっかになりますよ・・・・。
どうせゆとり教育をやめられないのはくだらない建て前が邪魔してるんだろ。
これ考えた奴、お前は馬鹿だよ。

しかも少子化がこれに絡んでくるからどうしようもない・・・。
何度もいうけどなんでこれくらいシミュレートできないの?
と暴言が多くなりましたが・・・・。

この少子化との関わりについては次章で。
どう関わるか読んでる人いたら考えてみて!!
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by uichiwave | 2005-02-21 20:08 | 日本壊滅シナリオ

日本壊滅シナリオ 第0章 劣等感

実験も一段落ついたんでブログ再開です♪

まずはじめのテーマとして「劣等感」をとりあげます。

劣等感という言葉から何を想像しますか?
人より劣ることによる差別、実力社会、鬱などマイナスイメージが想像できると思います。
反意語として「優越感」があり、これは勝ちに近いイメージがあります。

確かに人は劣等感を感じることで鬱な気持ちになったり、自分自身に嫌気が差すときがあるよね。
けど人間は所詮劣等感を感じることで成長するのではないでしょうか?

サンプルとして自分の過去について書きます。
俺は小学生のとき坊主でした。
ちっちゃい頃は別に気にならなかったんだけど、だんだん「ハゲ、ハゲ」ってからかわれてくるようになったんだよね。
俺のはっきりしない性格もあり、だんだんそれがエスカレートしてきました。
俺の中でもそれが段々コンプレックスになってきて、ふとした瞬間に切れることも多々。
もちろん小学生ながらに「死にたい」「殺したい」と考えるほど追い詰められる時もありました。
今考えるとほんと不器用ですね(まあ今でも不器用ですが・・・)。

「どうしたらいいか?」と毎晩考えてたのを思い出します。
そこで1つの結論に至りました。
成績で常に上位に立ち、いい高校に入り、いい大学に入り、将来見返してやろうと。
見返すといってもそんなにかっこいいものではありません。
「そんな仕事してるんだ?くだらないね。所詮お前なんてそんなもんだろ。」
って見返すというよりか見下したいって思ってました。

こんなこと考えてたもんですから、中学、高校とスポーツでも勉強でも常に上位にいました。
そうやって「優越感」を得ることで精神的に満足していました。
だから常に人より下に落ちることを恐れたんだよね。
けど大学入って、人を見下すとか上に立つということがいかに無意味か知りました。
自分を基準に考えればいいと。
だから今はそんなダーティな考えはありません。
昔、からかってきた奴らとも仲良くやれてます♪

とだいぶ話が脱線しましたが・・・・・(汗)
結局のところこの劣等感が今の自分を作っていると考えています。
なんとなくうまくやり、なんとなく生きてきたとしたら今の自分はないといえる。

では人間が劣等感を感じることがなくなったらどうなるでしょうか?
劣等感を感じない人間が優越感を求めるでしょうか?


これから先書いていく話にこのキーワードは大きく関わってきます。
読んでくれる人がいたらこれについて考えてみてください!!
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by uichiwave | 2005-02-03 13:52 | 日本壊滅シナリオ